耳鍼の効く人・効かない人

全日鍼灸会誌34巻3・4号
福岡大スポーツ医学部 向野義人先生
目的:機能性便秘に及ぼす耳鍼の効果を検討する。
対象:37名の便秘症患者を、以下のように分ける。
A群 兎糞状便を排出する便秘症 20人
B群 その他の便秘症        17人
更に兎糞状便を排出し副交感神経遮断剤(ブスコバン)投与で便秘が改善する便秘症患者7名をC群とする。
方法
全対象者の両耳肺点に皮内鍼を置鍼、週一回交換する。
二週間後の便通の頻度を記録する。
便秘の程度は
a 週一回
b 週二回
c 週三回
d 週四回以上で記録し、
著効   (a→d)
有効   (a→c又はb→d)
やや有効(a→b、b→c又はc→d)
無効   (a→a、b→b又はc→c)
悪化   (b→a、c→b)とする。
結果:耳鍼置鍼後の結果
   著効 有効 やや有効 無効 悪化
A群 3人 7人   8人   1人 0人 (1名脱落)
B群 0人 1人   5人   4人 7人
C群 3人 2人   1人   1人 0人
 有効率(やや有効以上) 悪化率
A群  90 %        0%
B群  35.3%       41.2%
C群  85.8%        0%
結論 耳鍼肺点への刺激は:
兎状便の便秘症を改善する。
その他の便秘症は悪化させる可能性がある。
兎糞状便は痙攣性便秘によく見られる。痙攣性便秘は副交感神経の過剰によることが多く、その場合、副交感神経遮断剤により改善する。また副交感神経遮断剤投与により改善の見られるC群に対しても耳鍼肺点刺激が有効であるので、耳鍼肺点は副交感神経を抑制する働きがあると思われる。   
原稿中にある、体重の変化との比較は省略しました。
解説
 この実験はそもそも肺点のダイエット効果を調べる実験が基になっているのですが、実験対象者の中で便秘の状態と体重減少効果の間に相関関係があるかどうかを調べた実験です。耳鍼のダイエット効果に対する実験としてならば、原稿をお読みになる事をお勧めしますが、既に肺点のダイエット効果に関する実験はアップしていますので、ここでは肺点の副交感神経抑制効果に的を絞って考えます。
 耳鍼ダイエット効果の研究が始まった初期(70年代初)から、その効果が自律神経に関するものであるとは示唆されていました。当時の文献からは「交感神経を抑制するから痩せるのだ」という考察が見られます。これは摂食量減に伴う、便通の改善、不眠の改善、イライラの抑制などが観察されていたからです。私も始めは、『ストレス・イライラから来るやけ食い』が防止されるから痩せるのだろうと思っていました。
 肺点のある耳甲介は迷走神経(副交感神経)支配領域、そして胃・大腸・小腸などの消化器系が分布する場所です。耳介刺激がこれらの臓器に「効く」のであれば、その効果は副交感神経亢進であるはずだと思います。これらの臓器におこる障害の多くが交感神経過剰な状況下で起こるからです。
 しかしこの実験の結果からはその逆、副交感神経抑制によるものだという結果が出ました。確かに、ブスコバンが効く便秘であれば副交感神経の異常亢進が疑われます。またB群の多くは交感神経以上亢進であったと思います。(所謂便秘症の過半数はこちら)そのB群の41.2%で便秘の悪化があったのは、耳鍼効果が結果として交感神経を更に亢進させたのではと考えられます。
 この実験からは臨床上注意するべき点が三つ与えられます。
①交感神経亢進が原因と考えられる障害に、肺点を使うべきではない。
②ダイエット開始前に、便秘症もしくは他の消化器疾患を問い、交感神経亢進が原因と思われる疾患があれば、その効果の低さを予想すべきである。
③少なくとも交感神経亢進が原因の便秘症がある場合、肺点刺激は悪化させる可能性がある。
 食事制限をしている人の中は摂食量がへり、更に食事中の食物繊維量も減っている場合どうしても便秘になりやすいです。腸管が働こうにも、その内容物が少ないからです。ですので便秘の鑑別の場合、食事制限の内容も考える必要があります。
 肺点が副交感神経抑制に効くことは、あくまでも便秘を対象とした実験結果に基ずく考えです。もし、全身性に効くのであれば、この肺点は喘息に対して有効であるべきだからです。しかし私の経験上、肺点を含め喘息に対する耳鍼効果ははっきりしていません。少なくとも発作の回数が減ったという実感がないのです。
 耳点に対する交感神経・副交感神経の作用は、これ以外にも海外の研究者による論文が幾つかあります。その測定方法も様々で、発汗量、心拍数などで測定しようとしていますが、あまりはっきりとした結果が出ていないように感じられます。そのような中で痙攣性便秘に的を絞ったこの実験は価値の高いものだと思います。